会社員一年目の雑用は大切
しんどくて仕方がなかった雑用だけど、だんだん慣れてきて、そんなには大変じゃなくなった。
大変じゃなくなるまでが大変だった。
でも、大変じゃなくなったということは、それだけ成長したと言うことだ。
雑用で大変なのは、「周りに目を配って気がつくこと」「集中が毎回自分の思ってないタイミングで切られること」の二つだ。
雑用をずっとやらされてる立場になるのは、いやだけど、会社に入って一年目は、どうせ、そんなに仕事なんてできないんだから雑用はやったほうがいいと思った。
正社員になることの意義ってこういうことなんだと思った。
雑用が単なる雑用で終わらなくて、雑用がやっつけ仕事じゃなくて、自分の利益になる一瞬に立ち会えるメリットがある。
造園をしている職人さんと話したとき「一番大事なのは雑用だ。仕事なんて簡単なもんさ、切ればいいからね、でも、始末は大変なんだよ、がんばらなくちゃいけないな」といってもらってから気持ちが楽になった。
気持ちが楽になったら、自分から、雑用をしようという気持ちになった。そうしたら、してやっているとか、どうして私ばっかりとかあまり思わなくて良くなったので、ストレスが減った。
会社というものは、隣の席の人が感じが良いか悪いかだけで居心地が違うものだと思った。
雑用をするということは、体を動かすということだ。
私はデスクワークなので、体を動かすのはとても楽しい。
それに、雑用をすると、ほかの部署の人と会話するきっかけが増えて、会社にどういう人がいるのかがわかるようになった。
そうしたら、だんだん、誰がいつ残業するから夜食を食べる、ので、ごみが増える日はいつなのか、とかもなんとなくわかるようになってきた。
社外の人話すきっかけも増えるし、気がついたことをやることを繰り返すと、さらにレベルアップした気がついたことが増える。
雑用を通して覚えられることはたくさんある。
とはいえ、一生ずっとやれといわれたらいやだから、あくまでも入社してから10ヶ月目の感想だけど。
あけましておめでとうございます
あけましておめでとうございます。
諸事情があって、調子を崩していたのですが、これから戻って文章を書こうと思います。
今年の目標は、
自己卑下をしない。
という精神的な目標から始まって、
具体的には、
ダイエット
プログラムの勉強
法律の大学院(ローじゃないほう)に入学するかどうかの検討
を主軸にしたいと思います。
小説も今日からまた書きはじめます。
今日の出来事
小説の続きを書いた。どうなるのか、まったくわからない。おもしろいのになる自信がまったくない。
幼年クラブについて考えた。漫画というのは手がかかるものだ。きっと、描いている途中でふあんになったりもしただろうな、と思う。
ひとつの世界を作り上げて、完結させるのは、旅をするのよりももっと遠い旅だ。
そういう意味でとても評価に値する。
今週はプログラムと年賀状をテーマに暮らしたい。
幼年クラブ (西野空男) 感想
「幼年クラブ」(西野空男 ワイズ出版)がおいてあったので買いました。
読んだ感想を書きます。
表紙
あんまり見たことがない絵柄だなあ、と思いました。ほのぼのしてそうだけどたぶんちょっと怖い、きっと!と思いました。
表紙紙
西野さんの自画像が書いてあります。本人よりもおどおどしてみえます。
目次
なんかえろい。おっぱいみたいなヘルメットだ!
日常の関係
女の人の表情がかわいらしいと思いました。私の気持ちなんて考えてない!といった女の人の気持ちが良くわかると思いました。男の人は、女の人の言うとおりにしてやってるんだから、気持ちを尊重してやってるだろう!が!みたいな感じでした。というか、なんでこのかわいい女の人がこのどうでもよさそうな男の人と付き合ってるのか疑問に思いましたが、現実世界でも良く見るカップルです。現実世界でよくある関係を書くのは、できそうでできないので、会話がうまいと思いました。
幼年クラブ
これは身に覚えがあります。わたしもなかなかはやりのおもちゃを買ってもらえない人でした。あとださいといわれる子どもでした。大人になったら関係ないというか力関係が変わるので、たくさん勉強して大人になってほしいですね。下克上ですよ。
いじわる公園
普通の人が一人も出てきません!こわい!こわいよ、これは。意味がわからない。意味がわからないなりにストーリーがある。それが怖い。この作者のことが心配になりますね。うまくまとまってると思います。こういう怖いことは日常でありますね。虚構でしかかけないリアリティってあるよなーと思います。
パッカーの男
怖いよ。だんだん怖いのしか載ってないよ。ちょっと子どもの会話ってこういうのあるよねあるけど救い出さないよ、この会話みたいな会話がある。ダーク!
夜
最初に出てきた女の人はどこに消えたのだろう。でも人数は多いほうがいい。あとマコちゃんは下半身むき出しなのか、ズボンはいてるのか、気になる。わからない。傘ってとがってて怖いよね。さっきから怖いって感想しかない。
長男
夫は妻が病院にいるときに会いに行かなかったんだろうか、という疑問がまずわきますよね。せめて迎えにいけ!そしたら、自分の息子が昆虫だったけど昆虫なのかもしれない、というところで悩まなくてすむから!あと、お母さんが誰から電話を受けたのか疑問。まあ、それくらい自分の子どもかどうかってわからないものなのかもしれない。とりあえず、子ども生まれそうなときには家じゃなくて妻のそばにいるべきだね!
係長と会う
個人的には安心して読めた。怖いことなさそう。とりあえず、日常会話があって、こういう非コミュなめんどくさいひとにからまれるのとかやだよねと思った。あと、男の人はおしっこしたあと手を洗わない人が多い気がする。そして、この人は、おしっこしたあとの人と握手してる!男こわい!
トンネル画廊
「アレ」アレという言葉を最大限に使いたい漫画ですね。これは。アレ。アレな感じ。全員まともじゃないシリーズ。まともと見せかけてまともじゃない。手間隙かけて漫画にしている感じがするのが怖い。プロットの途中で投げ出さないのがえらい。私は自分がこういうのを文章で書くとき、途中で音を上げてダウンします。ミヒャエルエンデの鏡の中の鏡という作品に出てくる1シーンみたいで、ちょっとぐっと来ました。これはおすすめ。わかりやすいし。
百貨店/転落
ひど!子育てを妻任せの夫が、いいとこどり!わたしはこういうの許せないほう。許せないほうですよ!忘れておいて思い出して、妻にどうしたか聞いて、「レジに預けた」と聞いて、一度納得してから、ひど。普段から夫は妻の精神状態に気を配るほうがいいですよ。
蒸発日記
これはまたおかしい。おかしい話です。こういうものなのだバーン!バーン!バーン!感漂います。…そうですか、そうですよね、そうだよね、と思います。これのいいところは、誰のこともジャッジしていないところですね。そういう姿勢は、わたし、嫌いじゃないですよ。
別離
こういうのは嫌いだなー。漫画じゃなくて、こういう村があったらいやー。でもたぶんある。あるのがこわいよね。どこが嫌いって、「どこじゃって同じじゃ。つまらんのはお前がつまらん人間じゃけーじゃ」というせりふが嫌い。私はこういうの、もう、絶対いやだね。絶対反抗。つまらん場所というのはあるし、評価してくれる場所があるし、いやになったら場所を変える、逃げ出すってのはとても大事なので、主人公はまともだね!もう、ニホンジンてさー、自分が変わらないと周りがかわらない、とかって、好きだよね。わたしが、メキシコに行ったときは陽気な性格になり、精神も安定したので、気候とか文化とかが精神にもたらす影響って大きいし、単純に言うと、本屋さんがある町で暮らすのと、ない場所で暮らすのとでは、人間がまるで変わるので、場所が変わるのは大事だよね。先生が「社会をなめるな」っていうのも完全に保身だしさ。
千の誘惑
落ちが嫌いなので飛ばします。「だって」じゃなくて、違う言い回しだったら好きだったかもしれない。
波止場の小景
ほのぼの。
西野さんとの約束で面白くても面白くなくても感想を書いてほしいということと、面白くないなら面白くないことを書いてほしいといわれたので、そのようにしました。
たぃさん売れるといいなあ。
表紙の画像
http://blog-imgs-15.fc2.com/2/g/e/2ge448ru/younen.jpg
アマゾンのページ
西野空男の行列
http://2ge448ru.blog65.fc2.com/
今日は模索舎http://www.mosakusha.com/newitems/に行って、納品してきました。四種類。買ってくれる人がいたら買ってください。一冊100円です。
福島GAMEJAME in 南相馬市は、案外前回の文学フリマで売れてて、後10冊くらいでした。なので、四冊納品してみました。
売り切れたら絶版です(煽り)。
便利な人になりたい
優秀な人ではなくて、便利な人になりたい。
便利な人というのは、役に立つ人のことだ。それは優秀かどうかは関係がない。必要とされるか、されないかだ。
最初から、必要とされる人はいない。
ある場がある。そこにあなたは行く。誰もあなたを知らない。あなたができることもできないことも知らない。
だから、必要とされない。
私はいろいろなことができる。それを示すためにはやってみること、言ってみること、それだけだ。
出し惜しみには意味がない。やらないですむことはなるべくやらないということにはもっと意味がない。
長時間拘束されることには意味がない。
そこで、わたしは、何かをするか、それともいないかのどちらかであるべきだ。
優秀であることは必ずしも必要な人とイコールにはならない。というのは、つまり、優秀ではなくても、必要とされる人間になる可能性があるということだ。
必要とされるためには、何かをして、できることを周りの人に教えることだ。
いたら便利な人だ、と、思われたら、そこに仕事が発生する。
仕事が発生すると、お金がもらえる。人を紹介してもらえる。
そうすると、チャンスができる。
それが続けば、会社に縛られる必要もなくなる。
http://d.hatena.ne.jp/Rootport/20111213/1323776501
という記事を読んだ感想文です。
つらさを他人が比較するということ
病気だったときや人生がうまくいかずつらい思いをしているとき、
「もっとつらい思いをしている人がいる」
「私だってつらい思いをしている」
「みんなつらい思いをしている」
といわれたけど無意味だったと思う。
それは、私の苦しみを減らさなかった。
そういう人は自分の苦しみを訴えたいだけなのだと思う。それならば、すなおに、つらいといっている私のほうが、他人に対して親切だと思う。カモフラージュしていないで用件をまっすぐ言っているから。
実際、他人がどうつらくても幸せでも、自分がそのときつらかったら、関係ない。
なにより、つらさの理由が、病気だったら、もっとひどい病気の人がいるといわれても、現在つらいのだから、それを言われても余計つらくなるだけだ。
病気の人が、知らない病気の人を想像して、その人の苦しみを自分に置き換えて想像して、その上、その人を治してあげることはできないし、そして、同じように私を治してくれる人はいないんだなあ、と思ったときの悲しみを、
共有してくれる人は誰もいなかった。
そういう孤独の前で、言葉は無力だ。
じゃあ、どうすればいいの?といわれたこともあった。
どうすればいいのかを言わないで、それはいやだ、というばかりの私は、わがままだといわれた。
だけど、悩み傷つき、苦しんでいる人が、どうすればいいかだなんて、考えることはできない。
その人はきっと生きているだけで精一杯だから。
どうすればいいのと聞く人は、自分に自信があるのだと思う。
どうにかできると思っているのだと思う。答えがあるのだと思っているのだと思う。考えてみることをしないのだと思う。
それとも、自分がどうにかできる状況にしかあったことのない、幸福な人で、自分の無力さを知る機会のなかった気の毒な人だと思う。
つらさを、本人ではなく、他人が比較することはとても無意味だ。
どうすればいいかなんて、わからないことはたくさんある。
そうした世界を私たちは生きていて、それが生きるということだと思う。
不条理を生きる体を私たちはかかえている。
そして、苦しさも悲しみも無力さも歯がゆさも、飲み込んでしまえる強さを、私たちは、いつも、絶え間なく、獲得している。
平凡な日々と温かいお茶で一息つくことについて
平凡な日々だなあと思う。
今の上司の人は怒るときに頭ごなしに怒らないで、理由を説明してくれるので、あまり苦しくならない。
こういう人と当たっている間に、怒られ慣れておきたいと思う。
うたれづよさというのは、能力なので、そういう能力を伸ばしたい。
我慢するのではなくて、鈍くなる能力。
意味だけを吸い取って、感情を鈍磨させる能力が必要だ。
疲れを感じるというのは、それだけ、疲れを感じる能力が高いということで、弱いということじゃない。
それとまったく同じ意味で、怒られる事と、自分が悲しくならない、自己卑下しないで、なおかつ言われたことを直すということをできるようになりたい。
家に帰ると、暖かくて香りの良いお茶を飲む。
とても体が温まる。
ゆっくりすると、暴飲暴食しなくなる。
明日は、足つぼにいって、体のケアをする。
体のことを無視すると、痛みすら感じなくなる。
くよくよするひとを弱いといってばかにするひともいるけれど、それは違うと思う。
くよくよする人にはくよくよするなりの人生があって、そのくよくよをどうするかが大事だと思う。
くよくよをためて、力にして、大きく飛躍するための、「ため」みたいに使えばいいと思う。
それもいやだったら、個人の選択だから、尊重されるべきだと思う。
それはとても便利だけど、不便なことも大事にしたいと思う。せめて、お休みくらいは、自分を取り戻したい。
つらいときもあるけれど、自分でお金を稼ぐのはとてもよいことだ。
人のお金で暮らすことのほうがよっぽどつらい。
お金を稼ぐのは楽しいことだ。
楽しいからみんな働くのだと思う。
今までの人生でいろいろとつらいことがたくさんあったけど、自分でお金を稼ぐようになって、大丈夫になったこともたくさん増えた。
なにより、つらいことから逃げるためには自分で稼いだお金が一番の武器になる。
病気よりも何よりも、人のお金で暮らすことがなによりもつらい。
子どものときよりも大人の今のほうがずっと比較にならないくらい幸福だと思う。それが、自由ということ、尊厳ということ。
仕事
最近仕事をがんばっていて、 結構プログラムがわかるようになってきた。 意味わからないと思ってても、一生懸命やるとわかる瞬間があって そうすると文字列が意味を持ってくるので、とてもやりがいがある。 雑用も慣れてきて、すごくスムーズに働けるようになってきた。 自分の能力が筋トレするみたいに上がっていくのがわかっているので、 いいかんじ。 体調もだいぶ良いので、働くのが楽しい。 サラリーマンをすると、いやなこと、やりたくないことも仕事だからやるんだけど、そのせいで、自分の幅が広がるときがある。 飲み会もすごくいやで、残業代も出ないのにと思っているし、思ってたんだけど、幹事を自分からやることにしたので、やらされてる感じが減ったので、この調子でできることがふえるといい。
思ったのは、三十代以上の人と、会社に対する気持ちが違うなということ。
業務以外で会社とのかかわりを一分たりとも持ちたくないと、私は思うけれど、
会社の人は会社の人と「好きで」仲良くしたいし、時間を一緒にすごしたいと思っているみたい。
お金があるなら、そのお金で、飲み会をしたいと思う、心からそう思っている、みたい。
だから、飲み会に人が集まらないのを、不思議がっているので、私にはそれが不思議。
飲み会に出ない人のことを、悪く思ったり、いろいろ言ったりもする。それも不思議。
異文化だな、と思う。
だから、私たちのように、残業代も出ないのに、飲み会なんて、やってられない、と思う、私たちとは根本的に違っていて、
楽しいから飲み会をしたい、と考えているのだな、と思った。
もはや、意地になって、雑用をしている。
別に感謝もされないしあたりまえだと思われてる。
でも、別にいいという気持ちになってきた。
私が能力を伸ばすためには、同時に作業を進行させるとか、割り込み処理ができるようになるほうがいいので、雑用をするのは私のためになる。
雑用をしないまま、一年がたった同期は、ちょっとしたことでいちいち動揺していいわけする社会人人生を歩まないといけなくなる。
雑用を普段からしていると、イレギュラーなことに対する反射神経みたいなものが育つので、臨機応変だとかフットワークの軽さが鍛えられる。
それに、ほかの人と会話する機会が増えるので、社交的じゃない私が会社の人と仲良くなるのにとてもいい機会にもなるなあと思う。
調子の良いとき
調子が良いような気がする。
体が楽だ。気持ちも暗くならない。
暗い話をしなくてもすむし、それほど寂しい感じもしない。
こんな感じは、いつ以来だろう?
開放感がある。パーッと、目の前が開けるような感じ。
たぶん、夜は早く寝て、ごはんをちゃんと食べているからだと思う。
仕事も、雑用にも慣れてきたし、プログラムも、わからないところはちゃんと質問できるくらいになってきた。
どんどん力をつけたいと思う。
筋トレみたいなものだと思う。
こういう日々は、続かないから、大事にしたいと思う。
こういうときは、暗い話をしなくてすむ。
心の中に、なにか、ひっかかっていることがあるけど、思い出せない。
思い出さなくて良いと思う。
このままでよいと思う。
ましろに光る束帯線
たんたん足音が響いて、落ちていくプラットフォームへの階段を下りると、白い列車が滑り込む。
体温で曇った窓ガラスの向こうに見えるのは壁、誰とも目を合わせない、息を殺して、止まる駅をやり過ごして、
やりたいことを数えて、やりたくないことを忘れて、怒りを満たして、
夕食には、お米を研いで炊いて、レトルトカレーを食べた。